category日常

きっかけは乳首鬱

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それはそうと、昨日は誕生日でした。
思うところあり、この日記で今まで、
自分の誕生日について書いたことは一回も無かったのですが、
今年の誕生日は、今まで幾度と無く迎えた際とは
まったく異なる心持ちを抱いて迎えることとなったので、
人生の一つの節目としても、区切りとしても、意味ある一日であったように思います。
結局何に依って私がここまで生かされてきたのかを解り、
また、何をもって私の存在の意義が成されるのかを知りました。

「完全に幸せであることを許す」という一つの文を、
読んだのがたまたま昨日という日であったことも幸運でした。
人間は不幸を含有しなければ完成し得ない、
目の前の幸福を全身で受け入れては、いつか必ず反動が来る、
といった 「幸せ」 への怯えが常に拭い切れないまま、
不安定な感情を盲目的に手放さず生きてきた半生でしたが、
そこまで込み入った考えを抱くほど、我々の命は難しいものでは無いのだと、
ここへきてようやく、自然に学び取ることができました。
幸福へ恐怖する必要などなかったのです。
完全に幸せであることを自己へ許すべきだったのです。

そんな真理を私へ思い知らせてくれたほどの愛を、
自分が与えられた分だけ、更に繋がれた命へ与えていくことが、
これまで生かされてきた世界へ対する恩返しになり得るのでしょう。

そういうわけで新たな世代へ突入したこともあり、
より一層、新鮮で清新な心持ちを抱けるような、
気付きの多い誕生日となりました、皆様ありがとうございます。




ですが、一年通して全く連絡などしてこないくせに、
毎年くだらない雑談メール(核心には触れない)を
この日だけは欠かさず送ってきてくれていた兄が、
今年は音信不通でしたので、
とりあえずこれからケーキの写真でも送りつけるという嫌味アピールをしようと思います。
8月に赤福を買ってきてくれたら許す予定です。
赤福よろしくお願いしますお兄ちゃん、
ブログ読んでないけどお兄ちゃんよろしくお願いします。


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