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ngứa mông

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私が、
近頃ほぼ毎日会う日本人女性が、近頃ほぼ毎日会うベトナム人女性に、
近頃ほぼ毎日、日本語を教えている場面を目にします。


とってもやさしく教えてあげています。
日本語とベトナム語は、発音の似通ったところがありませんので、
双方にとって、特にスピーキング習得の難易度は高いもの。
そこを、ゆっくり一音一音ずつ、口の動かし方、発し方、微妙な上がり下がりにいたるまで、
本当に丁寧な教示が、何度も繰り返されています。


恐らく日本人の彼女がベトナム人の彼女に習得してほしいのは、
「完璧な日本語」であるのだろうなと、それを見ていていつも感じます。
日本人が聞いてもおかしくないような響きの日本語。
日本人へ対して必ず伝わる日本語。
アジア言語独特の激しい抑揚が加わって、相手が聞き取れない、解さない、となっては、
覚えてもらう意味を成さないのです。
こうも毎日、わずかな発音の縒れすら見逃さず、何度も何度も言い直させて、
完全なる調音と呂律を叩き込もうと尽力している日本人の彼女には、
燃え滾る熱意と飽くなき執念を感じ、もはや一種の使命感すら漂っていると居えます。


お互い異文化の中で生まれ育った人間同士、
努力したって分かり合えない部分があったり、考えも及ばない常識や習慣に隔たりが生まれたり、
そういった意識の壁によって、コミュニケーションを円滑に進められないこともあるかと思います。
けれど、このようなやりとりを目にしていると、結局大事なのは心なんだと思い知らされます。
わかってほしいという心、真に理解してほしいという心、感覚を同じに過ごしたいという心。
その心に情熱が宿り、曇りなく真摯でさえあれば、外国人であることなど関係無しに、
二人の人間は本当の意味でつながっていくことができるのでしょう。























ちなみに、彼女がずっと繰り返し覚えさせようと教えている日本語のフレーズは、
下記の二つです。


「オカネ チョウダイ」

「オシリ カユイ」


昨日からは、ここに加えて
「カミノケ ムシルゾ」 というのもニューセンテンスとして投入されました。



上の二つはまあいいとしても、
最後のやつは、一体どういう場面でつかわせようとしているのか、
意図がわかりません、想像すらできません、むしろこわいんで想像しません。

ベトナム人の彼女の方は、完全に言わされているだけなので、
まったくもって意味をわかってないですが、
数日間の血のにじむ努力のおかげで、
発音としては既にネイティブレベルにまで持っていけている気がします。
毎日夕方ぐらいからこの授業が始まるので、たぶん今日も、
より板に付いた口調のこの台詞を耳にすることができるんじゃないかと期待しています。




ところでそれを見ていて、
なんか、数年前に、どこかのとある湯沢で、
マイクテストと称して、悪魔のベーシストの先導により、
下劣な単語を無理やり言わされた過去が思い起こされました。

あれと同じ感じですかね? 
そりゃあ聞いてて面白かったわけですよね。
ていうか私、外国人と同レベルってことですかね?
日本語。


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