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On This Day 【10FEB】

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本日は西暦2016年の2月10日 (水)、

かつて自分が撮影した携帯電話の写真から、
○年前の同日、一体私は何をしていたのか、探ってみましょう。


※2月10日、 もしくは同日の撮影写真がなかった際は
  その前の一番近い撮影日の写真をピックアップ。











◆2015年1月8日 (木)

20150108.jpg

初っ端から、2/10と1ヶ月以上の隔たりがある写真がきました。

それというのも、すべて、私が
携帯紛失・盗難・故障・破壊のプロフェッショナルであることが根幹の理由なのですが、
ちょうど去年の今頃は携帯の切り替え時期にかかった頃で、
私が保管しているデータでは、この1/8の次は3/16まで飛んでいるような状況です。

ただし、よくよく考えたら、この時は 「携帯の不具合に因る買い替え」 の時で、
壊れたわけでも無くしたわけでもないので、恐らく、
携帯端末そのものには、1/8から3/16までの撮影データも残っていると予測されます。
たぶん、データバックアップを1/8までしか取っていなかったのでしょう。
ただし、あの携帯、一年経たないぐらいしか使ってないのに、
当時買い換えずにはいられなかったほど、頭のおかしなレベルの反応の遅さなので、
今起動してもそのノロマ具合にイライラさせられることがわかりきっているため、
探ることは諦めます。

ということで恒例赤福自慢写真。
過去の日記を探ったら、JUNさんからのお土産だったようです。
あ、ちなみに今年の年末、日本に帰った時、
あれだけブログでおねだりしたにも関わらず、
東海地方から帰省してきたおにいちゃんは赤福を買ってきてくれませんでした。

おにいちゃん!!!
ブログ読んでないでしょ!!!
まあ、読まれたら困るんだけど!!!









◆2014年1月15日 (水)

20140115.jpg

またしても1ヶ月近くの空白期間。
この時の携帯に関しては、この後の2月末のイベントの時に失くしたのですが、
1月後半と2月分のバックアップを取っていなかったため、
その期間の撮影データはすべてぶっ飛んでいるということです。
大してその間、おもしろい写真も無かっただろうから別にどうでもいいのですが、
2月末のイベントの2日目に失くした時、前日の1日目に大量撮影した
個人的趣味の画像が全て消失してしまったことが最大のショックで、
なかなかの落胆にくれたまま、空元気で2日目ライブへ挑んだ記憶があります。

画像は、日本からホーチミンへ帰る時の飛行機内から撮影。
ベトナムへ来てから初の帰省だったため、
肌が完全に日本の水と寒さを受け付けなくなっており、
滞在中盤から後半は完全にほぼダウン状態だった時なので、
帰路の機内でも、尚うなされ気味だった悲惨な思い出が蘇ります。










◆2013年2月10日 (日)

20130210.jpg

ああ、考えてみたら、
日本に居た頃は、毎年この時期は、これが出てきますね……。
家庭内にてやりとりされるチョコ (の一部) だけでコレですからね。
それ以外にもいろいろあるわけだから、そりゃあ、
毎年2/10から1週間ほどの間の私の身体は重くなったり肌が荒れたりもするわけです。

私無き後、毎年手に入れるかわいいチョコの自慢をする相手が減ったことを嘆く母智子は、
いつもあんまり連絡してこないくせに、2月だけは特別で、
その年の購入チョコの写真を見せびらかして送ってくるようになりました。

そして父は毎年、とある一人の友人女性からチョコを送られ続ける習慣があり、
それは今年になっても相変わらず続いていたそうなのですが、
どうやらそのおばちゃんは毎回、父以外の友人おじさん達に
割とくだらないスーパー市販チョコか何かを配りつつ、
父にだけ後ほど別枠で、ゴディバやらルーテシアやらのチョコをくれるとのこと。
更にいうと彼女は独身だという話なので、
そういった点から、私はなかなかの湿度と熱意と本気ぶりを感じ取ってしまい、
結構アブない環境が、我々家族の知らない彼の周辺では
いろいろと広がっているんじゃないかと割とマジで思ってるんですが、
そんな曰くつきにも思える高級チョコをむしゃむしゃと食べた後、
いそいそとお返しを買いに行くのが妻・智子の役目で、
なんだかんだ毎年、チョコのやりとりは、
父を通した形で、そのおばちゃんと母の間で行われているわけです。
冷静に考えると不気味な話です。










◆2012年1月27日 (日)

20120127.jpg

新潟市東堀のチョコレートカフェ 「Give me chocolate」 デビュー日ですね。
この時の日記のテンションでも分かる通り、舞い上がり方が異常だった日。
近頃 「私の好きだった新潟のお店が閉店する率の高さ」 を異様に実感しているため、
不安になってギブチョコのブログを探してみたら、
最新更新日が昨日だったので、だいぶ盛況に運営を継続されているようで一安心しました。

それはそうと、意気込んで訪れたお店が 「休業日」 である確率が
常にハイパーセンテージの運命を誇ることで有名なわたくしですが、
そんな私でも、もはや唖然とするレベルでことごとく縁の無いお店というのが、
新潟市に数店舗あるパン屋さんの 「サフラン」 。

今年の年始に母と車ででかけていた際、帰りにパンを買って帰りたいという話になり、
女池周辺を走行中だったので、サフランへ挑んでみたところ、
確信に近い予想が見事的中し、絶賛休業中。
仕方がないので、同じく女池エリアで移転をされたという 「カブト」 へ行くも、
そこもゲートを閉ざして 「Closed」 の残酷な看板表示。
だんだんと躍起になってきて、
近くで思い当たった 「ボロニヤ」 へ希望を託しましたが、
さも当然かのような冷たさで閉まっているどころか、なんか名前まで変わっている始末。

そこでようやく、「年始だからパン屋が休みなんだ」 ということに気が付き、
もう正直、門前払いの連続に疲れ果ててパンなんてどうでもよくなってましたが、
もはや買わずに帰ることも意地でできなくなっており、
結局アピタ亀田店のパン屋で、申し訳程度に1~2個買うことで、
引っ込みのつかなくなったパン購入欲を満たし、とぼとぼと家路についたのです。

でも年始っていっても1/3ぐらいだったんですけどね。
人気店の殿様商売反対です。









◆2012年1月27日 (日)

20110210.jpg

近頃、チロルチョコの情報サイトを見ていたのですが、
チロルチョコを気になり始めた2008~2009年ごろから、
日本を離れる2012~2013年ごろまでの間の発売チロルに関して、
地域限定や、パッケージだけのコラボ商品以外、
新作味が出たものについては大方私は網羅できていたようです。
なにせ、あの頃は2chのチロルチョコスレの住人となり、
(そこが一番情報流通が早いので)
新作チロルの情報を逐一チェックしたうえ、発売日にコンビニへ向かう始末でしたからね。

思い出してみると、ハマり始めたきっかけは、2007年発売の 「塩バニラ」 でした。
一番たくさん食べたチロルは、毎年出る人気の 「きなこもち」 でしょうが、
個人的に好きだったのは、さくらもち、アップルパイ、みるく大福あたりです。

今、ホーチミンでは、8個入り袋の抹茶もちとチョコバナナが手に入りますが、
それぞれ日本では100円前後で売られている商品が、
こちらでは230円ぐらいと倍以上の釣り上げられ方がされているので、
それらに対しては、相当、精神状態が豊かなシチュエーションでないと、
購入には至らない対象という残念な認識を持っております。

あ……
今回ばかりは、近頃連続している 「東南アジア独特の一部市場高騰価格への不満」 を
口にせずに進めようと思っていたのに、またしても書いてしまいました、
このままでは私のドケチイメージに拍車がかかる一方なので、
サラッと流して、ラスト2010年へいきたいと思います。









◆2010年2月10日 (水)

20100210.jpg

安定の……
チョコレート率……

私はクリスマス同様、バレンタインの 「女性が男性へチョコレートを贈る」 という、
起源へ対して根拠不明の日本独自の習慣について、
本来の成り立ちを考えても、そこへ従うことにあまり納得がいっていないわけですが、
純粋に、この時期に、地元では通常手に入らない商品が入荷したり、
特別綺麗だったりするものが豊富に市場に出回ることを幸いに、
ただの一チョコレート好きとして、はしゃいで毎年乗っかっているということです。

それとは別に、自作成形チョコレートを作る際も、
神経質で心配症な性格上、多少凝ったものや、見た目が面白いものを、
できるかどうかは別にしても、作ろうとするチャレンジだけはしてきたのですが、
今年は久々に自作をしてみようと策を練ってみた結果、
大前提の事実として、

材 料 が 全 然 売 っ て な い 。

製作に求める材料が、ホーチミンでまったく見つけられず、どこに売っているかわからない。
近いものを見つけたとしても、欲しいものとは少し違う上に、値段が高すぎて論外。
(例 : 日本で100円程度で売ってそうなアラザンの小瓶が約900円)
というわけで、ホーチミンでも確実に手に入る材料からできるものとして、
無難な生チョコトリュフをコロコロ作って、今年の2月はチョコ欲を満たしましたとさ。

ちなみに、普通になめらかな生チョコを目指したはずなのに、
後半、固まりが悪かったので追加で投入したチョコが一部溶けきっておらず、
ところどころ小さな固まりが残るという、
いかにも料理センスのない女がやらかしそうな凡ミスを犯した挙句、
「チョコチップが入っているヤツはアタリだよ!」 などというこじつけで
開き直った事実については、どうかここだけの話にしていただけますようお願いします。









さて、時期柄しかたがないのだと思いますが、
結果的に記事がチョコレートスペシャルになってしまい、
「チョコレート」 って何回も書くうちにチョコレートが恋しくなってきましたので、
今日はチロルのきなこもちでも買って帰ろうと思います。
きなこもちは、売っているお店も限定しているのですが、
8個入り一袋で260円ぐらいするので、他の種類より少し高いです。
いや、別に、ドケチイメージ払拭するために必死なわけじゃないです。
上の方で、もうお金の愚痴は書かないっていったのに、そのすぐ後に、
製菓材料の高さについて口を滑らせたことを後悔してるわけじゃないです。



そういえば、12月と1月にこの記事を書かなかったのは、
別に何か理由があったわけではなくて面倒くさかったからです!
あと、書いてる日が全然10日じゃないっていうツッコミは、
もうこれが普通になりすぎて多分誰もしてくれなさそうです!

ではまた来月!(たぶん)





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On This Day 【10NOV】

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本日は西暦2015年の11月10日 (火)、

かつて自分が撮影した携帯電話の写真から、
○年前の同日、一体私は何をしていたのか、探ってみましょう。


※11月10日、
  もしくは同日の撮影写真がなかった際はその前日11月9日の写真をピックアップ。











◆2014年11月09日 (日)

20141109.jpg


去年の11月10日撮影分は何もなく、
11月8日と9日に鬼のような撮影データがあったので、
何事があったのだろうと思いましたが、どうやらこの日に、
Roll Playing Fesの2Daysが開催されていたようです。

この時は、2日間共、昼間はべともえブースでメイドさん、
夜のライブは、1日目がマトリョシカ (ルカ)、
2日目がブラック★ロックシューターという衣装でしたが、
なんとこの時は、LCL初のホール公演 (屋内) だったため、
ステージ裏に、それは立派な 「楽屋」 なるものが存在し、
涼しく過ごしやすいその空間に設けられた、
鏡貼りの壁やら、カーテンで仕切られた着替えスペースやらといった事柄に、
日頃灼熱の屋外イベントに慣れきった私は、結構本気で、いたく感銘を受けたものです。
おかげさまで、着替えや支度にいたるまでかなりの余裕をもって進めることができ、
音響自体も良く作ってもらえたので、(未だに私の中ではやりやすかったライブ歴代NO1)
今までのステージの中でも、総合的に見て、ナイスな回だったんじゃないかと思います。

ただ、この時の2日目で、LCLへ入ってから後にも先にも一回だけの
「完全ノーアルコール 素面ライブ」 を繰り広げたわけですが、
そこで 「ベトナムへ来てからはライブで緊張をしなくなった」 と信じきっていたところが、
本当は、「毎回酒を飲んでいるから緊張の感覚が麻痺していた」 という、
思い込みの覆される衝撃的な事実発覚があったのが記憶に新しいところです。


ちなみにその時のライブの動画がこちらです。
音がいいので、私はこのライブ動画は結構好きです。

TOMOちゃんとの百合デュエットもなかなか良かったと思いますが、
何せこの動画の見所は、1:35周辺、ステージ裏手で、
Magnetのフリをパロって、ゴルフのスイング練習動作でふざけるギターJUNさんが、
どういうわけか、ライティングの仕様で浮き上がってしまい、
まるでそういう演出なんじゃないかと思うぐらい見事に目立っていらっしゃるあたりです。
その場で一緒に遊んでいたはずのドラムNORIさんが、
何故か存在しないかのようにまったく写りこんでいない点も趣深いです。
JUN-SAN! JUN-SAN!











◆2013年11月03日 (日)

20131103.jpg


2013年、どういうわけか、11/4から11/12の間の写真がまったく無いんですが、
ここも、もしかしたら、一時期のデータが飛んだ部分にかぶってるのかもしれません。
それか、本当に、写真を撮るような面白い何かしらが一切起こらない、
人畜無害で哀れな引きこもり生活でも送っていたのかもしれません。

その辺は定かではありませんが、
ようやく探れた11/3については、これまたやけに写真撮りまくってるなと思ったら、
ベトナムの日本文化(主にアニメ)イベントAkimatsuriへ、
バンドのPRのため、皆でコスプレして遊びに行った時でした。

7区のショッピングモール Crescent Mallが開催場所だったため、
普通の買い物客の方に紛れて、多数のコスプレイヤーたちがモール内を闊歩する姿は、
この場所がベトナムだという根本的な土台と相俟って、
対極の世界が混ざり合った新風に触れたような、興味深い経験だったのです。

画像は、モールの中のパン屋さんで、ゴテゴテのコスプレイヤーさんが
普通にパンのお買い物をしている様がシュールだったもので、
思わず写真におさめたものをあげようとしたのですが、
その時点では既に彼らはレジの方へ遠ざかっていってしまっており、
コスプレイヤーよりも、手前の一般女性のくれよんしんちゃんのTシャツの方が
目立つような画像になっていた上、
ていうかよく考えたら一般のお客さんのお顔もたくさん写ってるじゃん、
ということにふと思い当たってしまったため、
残念ながらお蔵入りさせ、急遽代わりに、
NAOKI in マトリョシカパーカーの画像にてお茶を濁すことにした次第です。
この中には、間違いなくNAOKIがINしております。

これは、帰りに寄った7区の焼肉屋さんでの光景ですが、
撮影画像を見ると、その店の中においては、
YOSHIとNORIの演出されたラブラブ画像ばかりが大量に発掘されてきました。
あからさまにあざといです。
当時の我々が計算高く、何を狙っていたかというのが一目瞭然です。
悪い大人たちです。
しかし結果的には、当時狙ったYOSHINORIではなく、
どこぞの場面で自然に発生したJUNNORIが、
「JUNORI」などという専門用語が生み出される程度に、
一部界隈で取り沙汰されるという事態になったりしたわけですが、
やっぱりどこの国の女の子も、男の人と男の人が仲良くするのを見るのは、
好きなんだね!!! 
ということでまたよろしくお願いしますね!!!!











◆2012年11月6日 (火)

20121106.jpg


せっかく、バンドの話が連続で出てきて、やる気になってきたのに、
ここにきて、いきなり、なにこれ。
小麦粉焼って。
落差ひどすぎませんかね。

この前日の11/5であれば、たぶん袋田の滝?かどこかの、
すごく綺麗な写真を撮っていたので、
そちらを載せられればまだマシな見栄えになったというのに……
しかも、こんな取るに足らないくだらない写真の詳細を、
私としたらちゃんと覚えてしまっているし……

これは、韓国の道端などで売られている、韓国のメジャーなおやつ、
ホットック (餡子や砂糖や胡桃などが入った、饅頭みたいなホットケーキみたいな) です。

私はかれこれ10年ほど前に初めて韓国を訪問したその時から、
ずっと長らくホットックのファンでして、
その生地のモチモチ食感とか、餡のベタベタ具合とか、出来立てのアツアツ感とか、
総じて好みで仕方が無いため、
何年も経った今でも、未だその思いは失わずにいるのですけれど、
この時は、地元のイオン新潟西店食料品売り場の冷凍食品コーナーにて、
冷凍ホットックなるものを発見し、意気揚々と購入、
家へ帰って即電子レンジで加熱した直後、
一番テンションが最高潮だった瞬間の写真なのです。

ちなみに、その数秒後に訪れた、食した際の残酷なまでの失望についても、
ついぞ昨日の出来事であるかのように鮮明に思い出すことができます。

生地は薄くて、ボソボソ食感だし、餡は甘さ足りない上にパサパサだし、
そのくせ、温めすぎて、アツアツどころかアッツッアッツウゥになってるし、
本当、期待値が高かっただけあって、そのがっかり感といったら、
近年まれに見る程度の凄味を誇っていたものです。

温めすぎたのは自分が悪いじゃんという突っ込みは聞こえないフリをします。
というかよく考えると、ボソボソもパサパサも、すべて、
温めすぎが原因の品質劣化なんじゃないかということに、今、思い当たりましたが、
3年越しにそんな真実を認めるのは精神衛生上よろしくはないので、
思い当たらなかったフリをしてレッツゴー2011。











◆2011年11月7日 (月)

20111107 21;03


これは!
ついに!
健全で精練で、清く正しい内容ばかりにて構成され続けてきた純真無垢な当ブログで!
まさかの!
わいせつ気味衝撃画像の公開です!!
これは!
ひどい!
でも身体のどの部位を覆った布がどのように破けている状態なのかについては、
詳しく言及しない限り、確定事実としては存在しないことになりますので、
とりあえず皆さんのご想像にお任せします!
でもパンツとかではないです!
そんなの見れば分かるとかいわれても困ります!
世の太もも萌えのみなさん!
この背徳的ともいえる小さな穴から覗く、皮膚のチラリズムに、どうぞときめいてください!
太ももって自分で言っちゃった!
やめてください!
石を投げるのはやめてください!
ときめくどころか、タイツのように厚手の布にこんな見事な穴が開くような
履き方をしている時点で人格の欠陥が見て取れるとか、
そういう悪口言われても困ります!


まあ、実際、ストッキングならまだしも、タイツに穴が開くって、
相当な何かの事故があったか、
もしくは意図的な破壊願望が具現化してしまった結果か、というぐらいしか
可能性としては思い当たらない稀少事案なわけですので、
そのもの珍しさも含めて、思わず記念に撮ってしまった画像がこちらだったということです。


それはそうと、この画像は、2011/11/07の21:03に撮影と記録されているのですが、
その一枚前の撮影画像が、これ。

20111106 1;19

※ 撮影:2011/11/06 1:19

連続して出てきたので、一瞬、同じタイツかなと思ったのですが、
撮影日からすると、日付の変わった深夜だから、実質2日前の画像ということですよね。

え……
わずか2日の間で……
60デニール(憶測) のタイツ2枚に穴開けるとか……
どんな……
変態……


ちなみに、ここでいう 「変態」 は、「普通の状態と違うこと」 という意味で使ってますから、
「趣味や嗜好が倒錯していること」 という意味の変態ではありません。
私、変態じゃありません。
タイツとかストッキングとかに穴開くの大好きで、
そこから一人セルフサービスで、ハイテンションにびりびり破りまくって、
指から血を出したこともありますが、私、変態じゃありません。











◆2010年11月19日 (金)

20101109.jpg


これ ですね。

うーむ、どうも変態の流れから逃れられないな……
せっかく今月は、実りあるバンド話で始められたと思って、
いつになく前向きなモチベーションでスタートを切れたというのに……

それにしても、この時、やけにやる気のない映画レポを書いていたようですね。
対象映画が良かった・悪かった・好き・嫌い・という感想と、
映画レポの長さは、私の中では全然比例しないので、仕方がありません。
記憶にある中で、たぶん一番長い感想書いたのは、
ウィル・フェレルの 「マーシャル博士の恐竜ランド」 だと思います。
もうその時点で、「クズほど突っ込みどころが多い = 長い」 という感想文の法則が、
容易に導き出されるような気がしますよね。

それはそうと、ベトナムへ来た最初の一年ぐらいは、
日本に居るときと同様か、
下手したらそれ以上に映画を見る機会が多い日常を送っていたのですが、
ここ最近は、本当に残念なことに、まったく見ることができていません。
直近で、ちゃんと最初から最後まで見たのは、それこそ、
一番最近の映画ブログ、
ウィル・フェレルの 「俺たちニュースキャスター2」 の感想の最後で書いた、
ウィル・フェレルの 「俺たちスーパー・ポリティシャン」 だったような気がします。
別に私、ウィル・フェレル ファンじゃありません。











◆2009年11月10日 (火)

20091110.jpg


よし!
いい感じに映画の流れで繋げて、かろうじて変態からは脱却できた予感!
と思ったけど、よくよく考えたら、主演の人物が人物なだけに、
やっぱり変態の枠組みからは完全に逃れられてはいない実感!

しかもこれ、確か、前半部分はマイコーのライブ風景やらMVのような内容で、
マイコーファンを手堅くひきつけておきつつ、
後半部分で突如、宇宙から来た悪者と戦うためにロボットに変身、みたいな
飛躍展開を迎える内容だったと思いますので、
やはり、ちょっと尋常な健全世界の産物とは言いづらい何かを秘めているとは思います。
ただし、これも6年越しの曖昧な記憶を探った上で適当に言ってますので、
事実と反して真っ当な中身の映画であったようであれば、
世のマイケルジャクソンファンの皆様には非常に申し訳なく思う次第です。

ちなみにこれは私のDVDではありません。
身近にこのような映像を所持するようなタイプの人間は一人しかいません。
当時、一緒に住んでいた男です。

そうです兄です。
ありがとうございました。














◆おまけ
  2012年11月5日(月)

omake.jpg


これが、例の、2012年のニアピン11/5の写真です。

撮影日がただ一日違うだけで、雄大な自然と小麦粉塊という、
天と地ほどの差が生まれてしまっているわけですが、
心が洗われるかのような美しい日本の滝の画像に触れることで、
怒涛の変態の波に疲れきった精神を癒して頂ければ幸いです。








次回、On This Day 【DEC】、クリスマス編へ続く!


クリスマスの画像はたぶん一枚も出てきません!


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On This Day 【10OCT】  ※簡易版※

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本日は西暦2015年の10月10日 (土)、

かつて自分が撮影した携帯電話の写真から、
○年前の同日、一体私は何をしていたのか、探ってみましょう。


※10月10日、
  もしくは同日の撮影写真がなかった際はその前日10月9日の写真をピックアップ。
※スマホから見るとうまく記事のリンク飛べないみたいですけど、
  対処法がわからないのでパソコンで見てください。
 もしくは諦めてください。








◆2014年10月10日 (金)

20141010.jpg


これ ですね。

LCLのドラムNORIさんのオリジナルバンド向けに提供した歌詞ですが、
一年前の時点では一曲の採用をいただいていたところ、
一年の熟成期間を経て、近頃更に二曲完成されたとのことで、
非常に嬉しく思っている今日この頃です。
私には絶対書けないタイプの曲を書かれる方ですので、
私も普段だったら絶対書かないタイプの歌詞がバンバン出てきて、
なかなか新ジャンルの方向性発掘といった感じで有意義な経験でした。

でも一年経って読み返してみたら、NORIさんのイメージに従って、
パッと見ファンキーでファニーな歌詞をあげたつもりでいましたが、
よくよく見ると、どうも全ての根底に 「破壊」 「終焉」 「絶望」 といった
共通イメージワードが読み取れる仕上がりになっていたようなので、当時の私が、
NORI君に対していったい深層心理ではどういうイメージを抱いていたのかという
片鱗が読み取れるようでなかなか興味深い傾向ではあります。

お披露目楽しみにしております。
燃やす用のギター一本準備しておきます。










◆2013年10月08日 (火)

20131008.jpg


どこで撮った何の写真なのか全然覚えてない。
何の写真なのかは見ればわかるけど、状況は全然わからない。









◆2012年10月6日 (土)

20121006.jpg


どこで撮った何の写真なのか全然覚えてない。
というかまず、10月に花火の写真という時点で理解すらできない。

と思ったけど、書いてて思い出しました、
確か仕事で行った大曲の花火大会でした、
だけどこの仕事してる時のうちの歴代1位か2位に君臨するレベルの
最強嫌な思い出があった時の写真なので、やっぱりそれ以上思い出すのやめます。










◆2011年10月10日 (月)

20111010.jpg


これ ですね。

本当この時も、喉超やばくて、
一週間前から真剣に治すモードで、
ありとあらゆる有効と思われる手段を行使しまくったにも関わらず、
結局一週間でさほど改善せずに当日を迎えたものです。
どれだけ喉が弱いのかという、私。
週末ライブまであと4日なので、この時の記憶を思い返して、今、涙目。










◆2010年10月10日 (日)

20101010.jpg


どこで撮った何の写真なのか全然覚えてない。
どこで撮ったのかは、たぶん家だろうし、
何の写真なのかは、たぶん智子がらみというところまではわかるけど、
別にそれ以上わかりたいと思わない。










◆2009年10月07日 (水)

20091007.jpg

うん! わからない!










というわけで、今回はOn This Dayやる気無いバージョン……
いや、簡略バージョン、ということでお送りしました。
簡略版なので、おまけも特にありません。
別に書くのが面倒だったというわけではなく、
前回のOn This Dayが若干文章量過多だったため、
今回は読む皆様の疲労軽減を考慮して、短縮版にてお届けしたということです。

ちなみに、前回書いていた、ウィーン日記のサルベイジについては、
すっかり忘れていました。
そんな発言をしたことすら、今ようやく思い出しました。
まあそのうち気が向いたら書きますが、
どうも、来月のOn This Dayでやっと思い出すにいたる未来も結構容易に想像できます。

また来月!


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On This Day 【10SEP】

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本日は西暦2015年の9月10日 (木)、

かつて自分が撮影した携帯電話の写真から、
○年前の同日、一体私は何をしていたのか、探ってみましょう。


※9月10日、
  もしくは同日の撮影写真がなかった際はその前日9月9日の写真をピックアップ。









◆2014年9月10日 (水)

20140910.jpg


ついに寿司脱却2014!

でも今のところ、2014年の食べ物写真確率は100%ですね。

この写真については、ついぞ1年前の出来事であるというのに、
あまり詳しい状況を思い出すことができません。
たぶん、ホームパーティ的なイベントの開催で、
身近なベトナム人の子の誕生日を祝うのに、
彼女の希望でピザ宅配……といったような流れだった気がします。

ちなみに、こちらのピザの料金は、日本のピザより随分安いです。
というよりも、日本の宅配ピザが、世界的に見ても異常な高騰価格なのです。

たぶん、一番スタンダードなメニューとサイズで選んだとして、
ベトナムだったら800円ぐらいのピザが、日本だとだいたい3,000円前後。
でもまあ、これは国同士の物価の違いで考えたら当然かも、
と納得してしまいがちな絶妙な価格差ではあるのですが、
例えば、物価は日本と同等、もしくは向こうの方が若干高いであろうと思われる
ピザ大国・USAの宅配ピザ料金表などをチェックしてみると、
上述のスタンダードメニューで、大体10US$前後が標準のようです。 (約1,200円)

私が他の国で宅配ピザの料金を知りうるきっかけがあったところというと、
西欧オーストリアのウィーンにおいての話になりますが、
この音楽の都ウィーンという都市、
一般のイメージにはあまり結びつかないことかと思いますけれど、
現代では意外なまでに完全ピザ屋街と化している一面がありまして、
今でも、「ウィーンのイメージ」 を現実的に思い出そうとすると、
あの歴史を感じる古風な町並みのどの場面にも流れていた、
焼き立てのピザの香りが反射的に呼び起こされるほどの浸透率だったのですが、
そのぐらいピザが市民権を得ているお国柄なだけのことはあり、
同条件での宅配ピザ料金は、だいたい1枚あたり12~13€ (約1,700円) と安価。

日本の場合、安い料金に設定して、注文がたくさん入ってしまうと、
デリバリーコストがより嵩んで採算が取れないので、
あえて、お客が高めだなと思うぐらいの料金設定にしているなどという話もありますが、
何にせよ、タクシー料金と並んで、世界的にみても
日本ならではのハイプライス商品であることは間違いありません。


ところで、今の私の心境は、
上述のウィーンでのピザ宅配料金を思い出すにあたって、
ウィーンがいかにピザに満ちていた土地であったかという記憶を掘り下げようとし、
必然的に、ウィーンという町の空気、町並み、人々、雰囲気、
その辺諸々のディティールにまで思いを馳せる羽目になってしまったがため、
現在、ものすごく、凄まじいまでの、過去への郷愁、
もとい、ウィーンを焦がれるウィーンシックが発動されている状態です。

ウィーン懐かしいです。
ウィーン好きです。
ウィーン行きたいです。
ウィーン、嗚呼、麗しきウィーン。

しかしこんな思い出から脱却せずにいると、
今回の日記の趣旨からは外れていく一方の展開しか予感できませんので、
思念の向かう先をウィーンからホーチミンへ9,000Km引っ張り戻し、
気を取り直して2013年へいってみたいと思います。










◆2013年9月10日 (火)

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またThe Firstですね。
この年は、The Firstさんへ行っている率が異常に高いですね。
そして、さすが、こんな画質の悪い携帯写真からでも、
滲み出るお洒落スポット感がすごいですね。

ベトナムへ来て、日本に居た頃と一番変わったなと思う生活のポイントは、
平日夜の時間の使い方である気がします。
言い方を変えると、「お酒を飲む」 という場面の驚異的な増加ということです。

ベトナムへ移住して早2年半、今では、その都度の量は多かれ少なかれ、
お酒を1滴も飲まずに終わる一日というのは
かなり稀な確率になってきてしまっていますが、
日本に居た頃を思い出してみると、まず家でお酒を飲むということはほぼ無いし、
「移動手段が車」 という逃れられない枷が常に存在しているという理由故、
外食時にお酒が入ることも可能性としてはかなり低かったため、
言うなれば、忘年会、送別会といった類の特別な会合でもない限りは、
お酒を嗜むという機会自体にめぐり合うこともないスタイルが確率されていたわけです。

また、私の、日本ではない場所での生活として過去を思い返してみた場合、
ウィーンでの滞在時期もありますが、いかにも上述のような
「お洒落スポット」 的飲み屋が乱立していそうな土地柄であるにも関わらず、
当時の私は、残念ながら、ほぼ一切、そのような場面に出没することはありませんでした。
なぜかと言うと、基本的に誰かと飲むということ自体がなかったからです。
というよりは、当時10代の年頃であった私は、他者との必要以上の交わりを
できる限り回避しようとする志向のもとに行動を成り立たせていたため、
せっかく現地でできたお友達や知り合いとも、
基本的に最小限の交流 (学校帰りにカフェで雑談に興じる、等)程度にしか
友好関係を築かせようとはしていませんでした。

では、何をしていたのかというと、
かねてより憧れの地であったウィーンという町の空の下、
当時の私は、自分自身、それと自分自身を取り巻く異文化、その二つとのみ対峙し、
一見 「孤独」 と見誤りそうな静寂さをもった 「自己世界」 だけに浸りつつ、
毎日、愛すべき異国の空気を吸い、そこに混じる過去の香りに心を寄せながら、
ひたすら、己の内部より生まれ出る情感と感覚を文字の上に現し続ける、
といった内面的な作業に没頭する日々であったように思います。


まあ具体的に言うと、つまり引きこもりだったということなんですね。

いや、厳密にいうと本当は引きこもりではなくて、
意味もなく夜の町を (一人で) 歩き回ったりだとか、
意味もなく遠い町まで (一人で) 彷徨い向かってみたりだとか、
結構アクティブな不審者行動に精を出してはいたのですが、
今回のくだりで特筆すべきは、その全てが、もはやプロフェッショナルな域の
お一人様活動であるという点なんでしょうね!
そうです、だから飲みにもいかないからお洒落なバーも全然知らなかったんです!
そう考えると、こんなお洒落なThe Firstさんへやたら通えるようになっていたっぽい
2013年の私は、昔からすると、いろんな意味で変わってしまったということですね!
よし!
結構無理やりっぽいけど、なんとか導入部の話題に着地させることができた!

ちなみに2014年と2015年は、The Firstさんへ全然行けていません。
すみません、もっとお洒落モード発動させてがんばります。










◆2012年9月9日 (日)

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ああ。
これ ですね。


なんだかんだ、新潟に20年以上住んでおきながら、
佐渡ヶ島へ行ったことって、小学生の時に数回 (修学旅行含む) と、
あとはこの時 (仕事) の1回ぐらいしかないんですよね。

いくら県内とはいえ、なんだかんだ、カーフェリーを使うと、
新潟港から両津港まで2時間半の所要ですからね。
2時間半って結構遠いですよね。
特急列車を使えば、新潟から酒田まで行けてしまうし、
新幹線を使えば東京まで、
飛行機を使えば福岡空港、もしくはソウル空港までは到達できる所要時間です。

遠いんですよ。
日本の場合は海に隔たれているので、
空路以外は国内のみの移動でしか例えられませんが、
大陸内の感覚で考えれば、所要2時間30分あれば平気で国外まで行き放題。
ここホーチミンでいえば、タイのバンコクまでは飛行機で1時間30分、
隣国カンボジアのプノンペンなどは、たったの40分。
鉄道技術の発展した欧米諸国に話を移せば、
パリ-ロンドン間の国際列車ユーロスターは、所要2時間30分。
アムステルダムーケルン間のICE高速鉄道も、所要2時間30分。
普通の特急列車だったとしても、ミュンヘン-ザルツブルク間で所要2時間。
ウィーン-ブダペスト間で所要2時間30分。
そうなんです、ウィーンからブダペストはものの2時間30分で行けてしまうのです。

ブダペストといえば、私が今までの人生で見た「景色」 の中で、
最も印象に残っているものを挙げろといわれた場合、
一番最初に思い浮かんでくるのは、ハンガリー・ブダペストの、
ドナウ川を挟んでブダ側から見た、国会議事堂などの並ぶペスト側の風景なのです。
これまで私の目で見た絶景ベスト3の中には、間違いなく全力ランクインです。
澄み切った空と、雄大な川の流れと、年月の匂いたつような古壁の一つ一つが醸し出す、
町自体の清廉な気配が、血の混ざり合う複雑な生命の香りも含み、
一種神聖なまでの、完成された美しさと冷たさを誇っている土地です。

とはいっても、今の時点でブダペスト訪問時を思い返してみると、
実は真っ先に思い起こされてくるのは
「ハンガリー人は外国人のことを死ぬほど見てくる」
という事実への衝撃だったんですけどね。

上記、「血の混ざり合い」 という文言が示すとおり、
ハンガリー人というのは、祖先は元々アジア系遊牧民族で、
今でも赤ちゃんのお尻には蒙古班が出たりだとか、
名前の順番は苗字が先だったりとか (日本と同じ) で、ヨーロッパの中でも
相当アジア民族としてのルーツが濃厚なわけですが、
そんな元来アジア系の期限をもつ人々にとって、
我々のような純粋アジア人の何故が珍しいのかまったくもって謎ですが、
とにかく、こちらをジロジロと見てくるその見方が、半端じゃない。

訪れた時は、ウィーンからの日帰り旅行で足を伸ばした形でしたが、
ウィーンでは通行人の視線を感じることなどほぼ皆無に等しかったというのに、
一歩ブダペストに降り立ったその瞬間から、
道を歩けば、老若男女に振り返るかのように目で追われ、
地下鉄に乗ろうものなら、一車両中の緯線をほぼ一身に浴びる羽目になる始末。

これは、さすがに、
私が視線恐怖症気味の自意識過剰であるという点を差し引いたとしても、
絶対に勘違いでも思い過ごしでもなく、確固たる事実です。
この時は、ウィーンで出会った数少ない知人の日本人女子と一緒に出かけていましたが、
彼女も、ことあるごとに 「すごい……見てる……」 と、小鹿の如く、
その睨め付けるかのようなマジャル人たちの
猛烈熱視線に怯えていましたので、その点は確かです。

別に外国人が珍しいという閉鎖的な土地柄でもありませんので、
純粋に、「人を見る」 という行為を失礼なものとして認識していない国民性なんでしょうね。

ですが、正直いって、ブダペスト滞在中の出来事を実際呼び起こしてみると、
ハンガリー人たちの不躾な視線の記憶以上に、
「街中で声をかけてきたバックパッカー日本人男子が
 『一緒に観光地まわりましょう』 とか言ってしつこく後をつけてきたので、
 それを巻くのに必死だった思い出」 というものががダントツ一番で登場してしまうので、
それ以外の不愉快だった事は、全部割とどうでもいいジャンルに分類されるのです。

私が必要以上にハンガリー人を嫌わないような効果をくれて
ありがとうバックパッカー日本人男子。
ブダペストの端麗な記憶を凌駕するレベルで、迷惑な記憶として
思い出に現れてくれてありがとうバックパッカー日本人男子。
どことなく、なべやかんに似ていたけど
その後順調な人生を送っているだろうかバックパッカー日本人男子。










◆2011年9月10日 (日)

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??

なんでしょうね?

よくある、「難しい内容のことに、かわいい絵をつけて分かりやすく解説」
みたいな本の一種だと想像できますが、
まあ、言うほど別に絵がかわいいわけでもないし、
ていうかまずテーマが神々の話である時点で、
別段難しい内容というわけではありませんから、
察するに、神話好きのライトマニアック層向けに、
ちょっと綺麗な挿絵を餌として載せておいて、
その浅はかな知識を多少でも深めさせようという目的で発刊された書物のように思います。

このように、わかりやすく解説された文章を読むと手に取るようにわかりますが、
この世に存在する 「神々」 と分類される存在は基本的にどうしようもないやつらばかりです。
異様な我侭、狂気じみた愛憎、猟奇殺人犯、アル中、色魔、近親相姦、等々……

あ、狂気じみた愛憎という話で思い出しましたが、
上述の、ハンガリー旅行を共にした日本人女子は、
現地で通っていた学校のクラスメイトとして出会った存在で、
当時の年齢で20代前半の大学生であり、趣味で演劇やオペラをやるという、
なかなか特殊な嗜好をもったアーティスティックな女性で、
私は結構仲良くしたかったのですけれど、
このハンガリー行きのわずか一週間後ぐらいに、
突如、彼女が学校へ来なくなるという事態がありました。

その日はちょうど、学校終わりに、オペラ座で上演中だった
ワーグナーの 「パルシファル」 を、立ち見2€で観劇しに行こうという約束をしており、
私はそれを大層楽しみにしていたのですが、
結局彼女は一日学校へ現われることもなかったばかりか、その日は音信すら不通な状態に。
後々になって判明したところによると、
彼女が滞在していたホームステイ先のホストファーザーに執着され、
何度も受けるアプローチを断り続けているうち、
納屋だか地下だかに半監禁状態にされた挙句、
乱暴されかけて大変な目にあったとのことでした。

そこから逃げ切って新たな住まいを見つけたあとの彼女は案外カラッとしていて、
納屋への誘導から襲われるまでの一連の流れを、
事細かに、楽しそうに、微に入り細にわたって、私へ説明してくれたぐらいですから、
部外者の私が危惧したほどに心の傷を負ってはいなかったようで、そこは一安心ですが、
何にせよ、自らの欲にまかせて、自制心のきかない行動を取る変質者というのは、
我々が思っている以上に、世に氾濫しているものなのだと思い知りました。

というか、ホームステイ先でそういう被害にあったという話、
私の身近だけでもこれ一件ではないので、
意外にホームステイというシステムの本質には、危険な部分があるのかもしれません。

ちなみにですが、私は、「他者と同居はたとえ短期間でも不可能」 ときっぱり決め付け、
せっかくの語学留学であるにも関わらず、
ホームステイではなくアパート暮らしを選んでいたため、
斯様なトラブルに巻き込まれるというおもしろ体験からは
一切隔絶された孤独生活を謳歌しておりました。

というより、この時に限定せず、
私の人生って、そういう類のトラブルと無縁で進んできているんですが、
これって果たしてどうなんでしょうか。
変質者につきまとわれる、痴漢にあう、ストーカー被害にあう、といった、
うら若き乙女ならではの被害体験が、
これまでの2○年間の人生を彩ってくれたことが微塵も無いという、この色あせた現実。

先日、日本から遊びにきてくれたガールフレンドちゃんなどは、
この辺、異様に抜きん出ていて、
行ったり住んだりした諸外国の先々で、
あらゆる痴漢とストーカーと露出魔と変態に出くわしていますし、
ことさら安全な日本に居たとしてもそれは同じなだけでなく、
なんと、わずか数日のベトナム滞在の間においてまで、
そういった輩を身辺に発生させるという、
もはや驚異的なまでの変質者吸引力を誇っている有様です。

信じられないですね。
なんなんでしょうこの違い。
人生を思い返してみると、唯一変態被害っぽいもので思い当たったのは、
学生時代、実家にいたころに下着がやけに順調に減っていくので、
「いやだ、パンツ泥棒かしら。(ニヤニヤ)」 と、
予期せぬ女子らしい被害の勃発に若干沸き立ったことがあるぐらいですが、
それもよくよく考えてみれば、ぼんやりしながら洗濯物を取り入れていた母が、
自分のと間違って彼女のタンスに閉まったっきり、そこに埋もれて行方消失、
などという顛末がもっとも現実的であり、おそらくこれが真実なのでしょうから。
もう本当にやるかたありません。


ところで何の話なのでしょうか?
何故話がこのような突拍子もない方角へ向かうのでしょうか?
2011年に、神々にまつわる書物の表紙を撮影していた私も、
まさか数年後に、そこを発端として、下着泥棒の話題にまで転化させる
自分へ繋がる未来など、きっと想像すらしていなかったことかと思います。
ごめんね2011年の頃の私。
私は変質者一つ寄せ付けることもできずに、
下着泥棒被害へ根拠不明の憧れを抱く、こんな屈折した大人になってしまったよ。










◆2010年9月10日 (金)

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これ  ですね。

今でも私の咀嚼回数は、平均値からすると明らかに少ないです。
朝ごはんを食べなかったり、昼ごはんを食べなかったり、
炭水化物ばかり過剰摂取したり、でもその咀嚼回数は少なかったり、と、
もう、極端に不健康な食事摂取方法にしか傾くことができないのでしょうか。

日本において家族が居た頃は、家に帰れば、
ご飯を作ってもらうか私が作ってあげるかしていましたし、
一人暮らしになったら、誰かと一緒に外食という場面も多いですが、
まったく一人きりの生活になった場合に、私がどういう食生活に偏るかという傾向について、
完全引きこもり孤独お一人様生活を送っていたウィーン滞在時の日記を探りますと、
それは一目瞭然にて把握することが可能です。

久々に調査の為、当時の日記を見返してきましたが、
ビックリするぐらい、
同じものしか食べていませんでした。


朝 : ヨーグルト、フルーツドリンク
昼 : ツナサンドイッチ、フルーツドリンク
夜 : ピザ(もしくはチキンサンドイッチ)、オレンジ、フルーツドリンク


この頃の私は、上述のとおり、暇にまかせてパソコンばっかり相手にする日常だったため、
必然的に、したためる日記の文章量も多く、毎日の食事記録にいたるまで
律儀に書き留めていたのですが、もう、ほとんど毎日変わり映えせずに、これ。
延々と、これ。
次第に食事記録の部分は読むのを飛ばすようになってしまうぐらい、これ。

基本的に私は同じ物を食べ続けても飽きを感じないタイプなので、
全く苦もなく、このようなリズムを繰り返していたことと思いますが、
でも、それにしたって、
もうちょっと、バリエーションと栄養バランスを考えてもよかったのでは……
どう見てもフルーツドリンクに依存してるっぽいし……
まるで、さほど栄養の摂取できない野菜ジュースを、
「これ飲んでるから野菜食べなくても大丈夫!」 とか過信して飲み続けている、
メディアにだまされやすい中学生みたい……


ちなみにですが、キッチン完備のはずのアパートのコンロが壊れており、
それをわざわざ大家さんに報告するほどの
調理へ対するバイタリティが私に無かったことから、
火の使った調理が一切できず、
こういった適当食にならざるをえなかった環境があったという点だけ、
釈明の一環としてお伝えしておきます。

あともう一つ念のために言っておくと、
昨今の謎の大食いイメージがついている私の印象をお持ちの皆様からは
「毎日夜にピザ一枚? まあやりかねんな」
ぐらいサラッと思われてしまいそうな気がしますが、
この頃はまだ、本来ティーンエイジャーの小娘が食べて然るべき量というものを、
ちゃんと把握しているお利口さんだった時代なので、
ここでいうピザというのは、8枚切りの1カット、もしくは2カットぐらいですからね。

でも今だったらピザ一枚でも平気で食べるだろうといわれたら、否定できません。
しかしさすがに常識ある大人なので、それを毎日繰り返すのはできません。
一週間に4日までだったらいけます。
好きなピザは、ツナとコーンとジャガイモが乗っているやつです。










さて、そんなわけで、
ピザに始まりピザに終わった今回のウィーン覚書日記、皆様、
薫り高いウィーンの風を感じる優雅なひと時を味わって頂くことはできましたでしょうか?
もう後半部分、話題の華麗な移行をフォローすることもなく、
元の話題に戻そうとする努力すらも放棄する始末で、
しかも、ウィーンの記憶を足がかりにして、結局、
私の下衆な性質と混沌とした思い出の
掃き溜めを作成したにすぎない結果に終わりましたが、
苦情は受け付けません。


いつもは、2009年と2008年まで遡って書いていましたが、
さすがにこれほど長いと、もうこれ以上書く元気がない、というか、
ここまで読んでくれてる人が果たして居るのかどうかというおそれすらありますが、
とにかく、2009年、2008年は、それぞれ、
わけのわからん、アルパカの形をした枕と、蟹座デスマスクのフィギュアの写真という、
愚にもつかない画像しか引き出せなかったわけで、
そこから無理やりウィーンの話に繋げるのにも相当頭を使いそうな雰囲気だったので、
潔く切り捨てることにしました!
というか今、もう今回は完全に、
全てをウィーンの話に繋げる目的に変わってしまっていることを宣言してしまいました!
趣旨が!
On this dayの趣旨が変わってしまっている!





というわけで、次回は、そんなかれこれ10年前のウィーン日記などを、
本邦初公開にてサルベイジしてみようと思います。
公開用と私的覚書用と2つの日記があったのですが、
今読み返してみると、なかなかおもしろいからです。
いろんな意味でおもしろいです。
なぜか、公開用の方が、私的にしたためていたものに比べて、
圧倒的に頭の悪そうなセンスのない文章になっているところが見所です。
実際やるかはわかりませんが気が向いたら載せようと思います、
乞いませんご期待。










◆おまけ (デジカメ撮影枠)
 2006年2月ぐらい

 9月10日では全くありませんが、せっかくなのでウィーン旅行の時の写真を。
 これほど散々話題に出した語学留学の時については、
 手元に写真データがあいにく無いため、その翌年の旅行時の写真から拾ってきました。

 私の愛するウィーンの、芳しい情緒と豊かな魅力を、
 せめて画像からでもご堪能いただければ幸いです。







画像 152



画像 233




どれだけピザ






categoryOn This Day

On This Day 【10JUL 】

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本日は西暦2015年の7月10日 (金)、

かつて自分が撮影した携帯電話の写真から、
○年前の同日、一体私は何をしていたのか、探ってみましょう。


※7月10日、
  もしくは同日の撮影写真がなかった際はその前日7月9日の写真をピックアップ。









◆2014年7月9日 (水)

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ち、違う!!!!!!!

本当に違う!!!!!

私、何も、裏工作してない!!!!

2014年の寿司写真率 100%達成を目論んだ上で薄汚い根回しなんてしてない!!
本当に、この月も、7/10は写真を撮っていなくて、
その前日はたまたまお寿司だったんです!!
毎回、偶然による、2014年寿司率があまりにも高すぎて、
わけもなく私が弁明に必死になってしまってますが、
それが逆にうそ臭い演出に一役買ってしまっているのもわかってるんですけど、
でも本当に!!! 違うの!!! 
ていうか、すごくないこの2014年って!!
どれだけ徹底した寿司食促進年間だよ!!
というか毎月10日前後は寿司の日、みたいな
潜在意識の中の習慣でもあったんですかね!!!


ちなみにコレは、
今は無きNgo Van Namの 「星野」 というお寿司屋 さんでの食事風景ですので、
つまるところ、この後 「オレンジ」 へ行ってワインを空け、帰り道、
乗せてくれたNORIくんのバイクの後ろから盛大に吹っ飛んで落ちて道路ゴロゴロ転がり、
心配して走って助けに来てくれたJUNさんの前でゲラゲラ笑いまくって気味悪がられた、
あの夜だったということですね。
あれから一年ですか、感慨深いですね。
今のところ、ここの一年でバイクから再度落ちるという悪夢は免れていますが、
バイクを跨がずに横乗りする乗り方についてのトラウマは、
おかげさまで、未だ拭いきれていません。

だからスカート履いている時は、なるべくバイクに乗りたくありません。
やむを得ず乗らなければいけない状況の時は、結構普通に、
スカートなのに跨いで乗ったりするので、パッと見、痴女みたいになります。
でもさすがに、痴女として通報されたくないので、その痴女乗りは夜しかやりませんが、
でも闇に紛れる夜だからこそ、より痴女的な破廉恥さが増して、
なかなか本格的な痴女風情をまとってしまっているような気もしますけれど、
ていうか、何回、痴女って言うんでしょうね、
そして、話題の脱線も甚だしいので、もう、痴女の話はいいんじゃないでしょうか、
だんだん痴女がゲシュタルト崩壊を始めてきました、
あと、毎回、 「ちじょ」 で一発変換ができないので、いちいち変換するのが面倒なんですよ、
ということで、もう、痴女の話はいいんじゃないかな












◆2013年7月8日 (月)

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ベトナムへ来て4ヶ月ちょっと経ち、
そろそろ生活へ慣れ始めた余裕と、日常に満ちる若干のホームシックの心が融合し、
こういった、
人畜無害な子供だましの物品を愛でることで精神の平穏を保つ努力をしていた時期。



とか言ったけど、今でもこれは普通に買います。
こいつらの、明らかに知的レベルの低そうな外見に、いつも心を動かされるからです。
ちなみに味はクソ不味いです。












◆2012年6月24日 (日)

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前にも書いたかもしれませんが、
2012年時期の携帯画像については、
当時発生した原因不明の端末バグによって、
データが大幅に失われている時期が多々あります。
定期的にパソコンへデータ保管をするようにはしていたのですが、
それがタイミングによっては怠られていたり、
ていうか考えてみたら第一前提として、それらを保管していた外付けHDDが、
その後ベトナムに来てからクラッシュでご臨終になったという経緯もあったりするので、
要は、撮影写真が結局あまり残っていないということですね。

というわけで、2012年7月は、見事にデータ消失ど真ん中時期だったようで、
探し出せたのは、一番近くてもこの日付の写真でした。


今は無き 新潟市のライブカフェ 「カフェアリナ」 の後続 「Power Spot Janne」 へ、
THE GATANIES さんのライブを見に行った時の写真だと思いますが、
果たして 「Power Spot Janne」 さんが、
2015年現在で無事に営業存続されているのかどうかは、不明です。
なんだか、あまり前向きな予感が、何故だかしないので、
ハラハラしながら現状をがんばって調べてみたのですが今一よくわかりません。

以前にライブを行ったことのある場所が無くなっていくのは、
かつて奏でた音が染みた空間の消失ですので、寂しさ一入なわけです。
さようなら入船うどん。ありがとう入船うどん。
嗚呼、諸行無常の響きあり。












◆2011年7月10日 (日)

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これ ですね。


そういえば、最近、ハードディスクの中の文章フォルダから、
私が2008年に、どこかにあげようと書きかけていた短編で、
「 河井総督を恨む長岡藩士の目線から描いた北越戦争時の長岡藩の話 」
などという、とんでもないドキュメントが出てきましたが、
当時は図書館へ通って ( 県内なので、長岡藩がらみの書籍には恵まれていた )、
実際の史実と時系列を調べまくった上で挑んでいましたけれど、
今から思い返してみると、なかなか難易度の高い無謀な挑戦をしていたものだと思います。

ていうか、今でも、そんなの書くの、無理です。
というより、今の方が、無理です。
人生経験的に、あと10年ぐらいしたら、
ようやく着手できる可能性が出てくる、テーマかもしれません。
10年後の私の意欲に乞うご期待!












◆2010年7月9日 (金)

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これ だな。

2010年当時は、この音楽スタジオ 「あぽろん」 の濃厚関係者の方に、
当ブログを閲覧いただいていたもので、
備品アンプの上に鎮座ましましてベースを奏でる、和兄のこの画像について、
お叱りのクレームを頂戴する可能性にびびってしまい、お蔵入りさせていたものですが、
今となっては時効ですので、
だって、何せ5年も経っておりますから、
どうか、お許しいただけるものと信じ、
ここに、公開するに至った次第です、
ええと、
なんだか、今でも若干の怯えの気配が行間から滲み出ているのは、
別に、該当関係者の方の視線を現在も感じているからというわけでは、
ないんですけど、
えっと、その、あ、あぽろん大好き!!!












◆2009年7月4日 (土)

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とりあえず、毎回思いますけど、
2009年、2008年は、写真を撮っている量が、圧倒的に少ない。
当時やっていたバンドのブログ向けに時々撮影するぐらいだったので、
これも、そこに載せた画像だったと思います。

確か、冷蔵庫の中から、年代物のチェリーチョコレートの 「MOZART SHAKE」 が発掘されて、
その賞味期限がどうのこうの、みたいな話だった気がしますが……
詳細がよく思い出せません。
MOZART SHAKEについては、本当にウィーンで買ってきたものだったか、
その後にドンキホーテで見つけてテンション上がって買ったものだったか、
その辺の記憶すら、もはや曖昧です。

これが6年の歳月による脳細胞の劣化の実質的な表れか……

でもちゃんと、
MOZART SHAKEがそんなに美味しくなかったという事実だけは覚えてますから、
脳細胞は衰えているけど、味蕾に準ずる記憶はまだまだ有能のようです。












◆2008年7月10日 (木)

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山形県の出羽三山にドライブがてら参拝にいって、
結構本格的な登山の末でないと神社にたどり着けないとも知らずに、
普通に下駄のまま登りはじめてしまって、30~40分ぐらい登ったところで、
「これは無理だ!」 と現実を悟り、
とりあえず下駄でここまで登ったという証拠写真を残した上で、
泣く泣く下山を始めるところの、画像ですね。

詳細を説明しないとまったく状況の把握できない証拠写真ですね。


結局、神社にたどり着くには、普通に60分程度所要の登山が必要だったようなのに、
私はまったく事前に調べることも無く、通常の参拝気分で行ってしまったので、
残念な思いをする羽目となりましたが、
似たような状況の記憶として、この4年後ぐらいの、
「高尾山へハイヒールで行き、『まあ頂上まではいけないな』 と思いながら散策を始めた結果、
 最終的に引っ込みがつかなくなって、そのまま頂上まで登った (しかもスーツ着用) 」
という武勇伝がありますので、
たぶんこの時も、頑張れば、精神力次第で絶対登りきれたと思うんですけど、

なにせこの時、一人でドライブに行ってましたから、
登山も寂しく一人で行う現状だったため、
心の折れるスピードが、速かったので、仕方ないですね。


一人で山形までドライブ。


そうです 僕は友達が少ない




















◆おまけ (デジカメ撮影枠)
  2003年7月10日 (木)

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前後の撮影画像から考察するに、これは、山梨の空です。
さすがにこの時は一人ではありませんでしたので大丈夫です。


ご心配ありがとうございました!
See you next month!



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